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取材された国際ジャーナルは雑誌

国際ジャーナル「逸店探訪」
国際ジャーナル誌(株式会社 国際通信社:発行)の人気トピック「逸店探訪」のコーナーには、街の表情が色濃く出ている街のお店が紹介されています。


例えば「土曜日の朝に出かける喫茶店」

誰かの朝の顔である喫茶店は、違う誰かの昼のくつろぎでもあり、誰かの夕方の友達で、平日毎日訪れるサラリーマンの息抜きかも、しれません。そうして街のいろんな顔になれるお店は、どの街にもあって街の人を暖かく迎えている。日常に溶け込む余りに、なかなかその暖かさに気づかないけど、引っ越してみたあと、改めて気づくのだと思います。

何でもないけど、ちょっとしたことがあなたに自然にそっとピッタリあっていることこそが、愛する店の暖かさである。珈琲の苦さ、カップの厚さ、週間誌のセレクト、新聞の数、トイレのキレイさ、店主との会話、トーストの焼き具合…。

何一つとして同じものはないそんな街の表情=店の表情が分かる貴重な頁ばかりです。現代の報道通信
インターネットで見られる情報サイトのいいところは、目的地(知りたい情報)へ超高速・最短距離でたどり着くことができることだろうか。

家で珈琲や紅茶を片手に知りたい情報がある場所へ飛んでいけるwebは、情報やデザインが以前よりずっとカッコヨクなってきていることを感じる。それでも、私は本を開けることをやめたくないと思っている。

なぜなら、知ろうともしてなかったけど有益な“知らなかった情報”や山のように落ちているし、知ってよかったと思える“探していなかった情報”が載っているからだ。

欲しいときにボタン一つで取り出せる情報は大変便利だが、そんなことをしなくても、自分にとっていい情報や手に入れてよかった情報は、ボタンがなくても頭の中からいつでも取り出すことができる。


病院の待合室で手に取った国際ジャーナルを手に取る。何気なく開いたページには、小さな社会で生きるための工夫や、地域への貢献が意味するものといったことが書かれている。普段はふと頭になんて上ってこないテーマが自分に入ってくる。テーマが一つであろうと、書かれている文節の一つ一つが引き出しとなることがある。広がりがある。

「楽しかった」や、「美味しかった」「悲しかった」で終わらない日記記事にはないものだ。


blogやmixiでさらにインターネット人口が鬼のように増えてしばらく、紙に載った活字を見る機会がぐんと減ってしまった人も多いハズだ。もったいないと思う。本を読んで書けば、もっともっと日記が見る価値や読む価値を上げていくと思うからだ。いち時代の終幕
90年代の音楽シーンを担ってきたとも言っていい人が
詐欺容疑で逮捕されたというニュースがここのところ毎日流れている。

庶民である私は、毎日スーパーで190円のトマトにしようか
250円のトマトにしようかと迷いながらも、
当たり前のように190円のトマトをかごに入れる。
でも、早く250円のトマトが買える豊かさがほしいと
願っていても、たとえ多少の出生でお金が稼げたところで、
250円のトマトは私にはいつまで経っても買えないのだと思う。

おそらく私は、金銭的な豊かさをもっても、トマトの優先度を下げて
いい車を買い、いい家を買い、遠くへ旅行に出かけてしまうのだと思う。
結局のところ、節約している箇所(=250円のトマトトマトを買うこと)
が変わることは、宝くじの1等前後賞付で当たらない限りは
訪れることはなく、ずっと庶民でい続けるのだと思う。

それでも私は、ひろい家に住めるのなら、190円のトマトは
いつまででもおいしく食べられる。なんなら100円のトマトでもいい。


渦中の音楽家も、トマトは250円を食べていたかもしれないが、
どこかで同じ節約をしていたのではないかと思う。
10億を稼げば、5億を必要とする事業をするだろうし、
1億円の買い物をいとも簡単にするだろう。
豊かさの度合いや感覚は違うが、全体の割合は
案外私達とそう変わらないのかもしれない。

一度頂上まで上り詰めてしまった人が、
次に目指すのは、更に高い山の頂上だ。
簡単に買える250円のトマトでは満足できない。
190円のトマトを美味しく食べるには、
250円のトマトを買えない生活をしなければいけない。

大きな山へ何度も何度もくじいて転びながら上ったのであれば
山の下へ戻る方法は一気に崖へ転落する以外はないのかもしれない。

ただ、もう深い崖の下を見たのだから、それ以上の下はもうない。
100円のトマトも190円のトマトも美味しくありがたくいただける。
美味しい250円のトマトを食べられる努力を知っているのだから、
後は上を見て、これまでの知恵を生かして素早く上ればいいのだ。

90年代はとっくに終わって2000年が既に始まっている。
2010年代、20年代が先には待っていてくれるのだから、
着実にそこに向かえばいいのだと思う。

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